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Essays
by Akemi Iwase
「ある日突然聖者に会った」
by 岩瀬明美
私はインドのニューデリー郊外へ、聖者に会いに行ったことがある。
ことの起こりはソバリス先生が、
「マハラジ・シャーランシングこそこの世でただひとり、真実を教えることのできる師だ」
と私に言ったことだ。
ソバリス先生とは、カイロプラクティック・ドクターの私の友人であり、マハラジ・シャーランシングを長年にわたり瞑想の師と仰いでいる。私とソバリス先生は、先生の診療所やロサンゼルスにあった私のヒーリング・センターで一緒に仕事をする機会があった。私がヨガの瞑想を長年勉強していることを知ってそう言ったのだった。ソバリス先生はカイロプラクティックのみならず漢方を用いたヒーラーとして優れている。さらに慈愛に富む素晴らしい人格者でもある彼のこの一言を私はかなり真剣に受けとめた。思いたって、ロス・メルローズ通りの「ボディートリー」というニューエージ・ブックストアーに行き、マハラージ・シャーランシングの著書を探して読んだ。そして世界中にマハラジ・シャーランシングの信者が大勢いるということを知った。
ある日突然、インドにいたソバリス先生から電話があった。
「すぐ飛行機に乗ってインドに来なさい!」
と言う。続けざまに、
「マハラジ・シャーランシングと一対一で会えるようにしよう。こんなチャンスはめったにないことだよ!」
と意気込んで言った。有無を言わさぬ彼の情熱に私は言い含められてしまった。
「これは大変!」
電話を切った途端、私は大急ぎですべての仕事をキャンセルして、旅行代理店に電話した。そしてなんと翌日、未知の国インドへ旅発つことになったのだった。
何がなんだか分からない速さだった。エアーインディアの飛行機の中で、サリーやターバンを身に着けた乗客を見て初めて、自分がインドに向かっているということを実感した。ニューデリーに着いた途端、大変な暑さにクラッときた。トラベル・ガイドひとつ持たずに私は、全く知らないこの国に来たのだ。まるでタイムトンネルをくぐって違次元に来てしまったように。その時の驚きは一言では語れない。手持ちの数百ドルが、両替所でボロボロの分厚いルピーの札束に変わってしまった。しかもその札束は糸で縫いとめてある。町を見渡せばホコリだらけ、しかも焼けるように暑い。
「・・・すごいところに来てしまった!」
次の日、スプリングまる出しのおんぼろバスに乗ってニューデリーを発ち、聖者の住む町に向かった。その途中バスの窓から、同じ方向に向かってぞろぞろ歩いて行く人々の姿を見た。どこに行くのだろうと思って眺めていたが、実はその人々の目的地こそ私と同じだったのだ。バス代にも窮するほど貧しい人々は、それでも聖者マハラジ・シャーランシングの教えを聞きに行こうと、カンカン照りの太陽の下を延々と歩いていたのだ。そのことを知ったとき、穴の開いたバスのシートを不満に思った自分を恥じた。
さて、やっとバスは聖者のアシュラムに着いた。人込みの中でソバリス先生が私を見つけた。
「やはり君は僕の知っている人たちの中で、一番好奇心の強い人だね。君のような人こそ聖者に会えるのだよ」
ソバリス先生は開口一番にこう言った。しかし好奇心という生易しいものではない。信者でもない私が未知の国に、聖者に会えるときいてすっ飛んで来たなどということは、どう考えても尋常ではない。
翌日、つまりソバリス先生から突然の電話をもらってから五日目、私は聖者に会った。買ったばかりのサリーを来て聖者のいる部屋の扉を開けた。頭を下げたまま部屋に入り深く礼をして顔をあげて、私は驚いてしまった。あまりにも立派で美しいお顔は、写真で見た以上にハンサムだった。ショーン・コネリーがターバンを巻いている、といった手合いか。この時、師は80歳を過ぎていらしたと思う。驚いたのは、その素晴らしいお顔だけではない。師が私を見て一言、
「What do you want? (何が欲しいか)」
と話しかけた時、その声が私の想像より一オクターブも高かったため、拍子抜けしてしまったのだ。どういうわけか私は、聖者の声というのはステレオサウンドのように重く響き渡るかと思い込んでいた。しかしすぐさまそのような失礼な思いを思いっきり振り払い、勇気と誠意を持って私は質問した。
「ソバリス先生から、あなたこそこの世でただひとり、真実を教えることができると聞きました。そうなのでしたらどうぞ私にも真実を教えてください」
すると師は、
「そんなことを彼は言ったのか」
と言ってかん高い声で笑い、自分の本を読んだことがあるかと私に聞いた。あります、と答えると、
「それではもっと読みなさい。そうすればそのうち分かってくるかもしれません」
と言う。
えっ、それだけ・・・? ちょっと待ってください! こんなに大変な思いをして高い飛行機代を出して、やっとの思いでここまで来た私に、本を読め、とは。まるで、助けを求めに来た人にキリストが、「はい、これ僕の聖書。」と言っているのと同じではないか。私は咄嗟に、「いいえ」と声を大きくしてしまいました。
「本はいろいろ読みました。本はもういいんです。読むのではなく、私は真実を感じたいのです。どうぞ感じさせてください」
私は、「I want to feel it!」と訴えかけた。師は私の顔をしばらくじーっと見ていた。
そしてまたケラケラと笑い、
「もう一冊私の書いた本を読んでみなさい。そうしたら真実を感じさせてあげます」
そう言われて、面会はあっけなく数分で終わってしまった。
「なんだったんだろう、今のは」と思いながらぽかんとして部屋を出てきた私を、
何人もの人たちが取り囲んだ。信者でない私が例外にも師と個人面会した、その私の体験を知りたがっているんだ、と皆の大きなギョロギョロとした目を見て分かった。
「師の本をもう一冊読めば真実を感じさせてくださるそうです」
と私が話すと皆どよめいたが、その中からひとりのヨーロッパ人の女性が、
「これは短い本だから30分くらいで読み終わりますよ」
と薄い本を私に読むように勧めてくれた。このアシュラムには、代々の師たちの著書を収めてある図書館がある。ずらりと並ぶたくさんの本の中からかなり厚い師の著書、「生と死」を選び取った。
「師がそう言うのだったらそうなんだよ」とソバリス先生はにこにこ笑っている。私はとても複雑な気持ちで、気の抜けた笑いを返した。
翌日私はアシュラムを発ち、インド北部のカシミアとヒマラヤ山をひとりで旅した。カシミアとヒマラヤ山は本当に美しかった。が、旅の途中でスリに遭い、私の持っているルピーを盗まれてしまった。さらに毎日大変な下痢に悩ませられながらへとへとになり、やっとの思いで帰国した。
その後私は「生と死」を一ページも読まなかった。そしてマハラジ・シャーラングの信者にもならなかった。
「真実を知るのが怖いから本を読まないんでしょう。」と言う人がいたが、そうではない。私はインドの旅行から帰って来てから、自分のしたこと、言ったことがとても浅ましく思えてとても恥ずかしかった。私の長年していた瞑想も中途半端な気がした。何も分かっていないのに図々しくも「真実を感じさせてくれ」などと言って、奇術か何かのようにパッと教えてもらえるかと思った自分がたまらなく恥ずかしかったのだ。
その五年後、マハラジ・シャーランシングは亡くなったそうだ。私はインドに行った頃に知り合った人と結婚したが、夫の抱えた多額の借金を必死の思いで返す毎日で、心身ともにぼろぼろになり、夫と別れた。離婚してから肩から重い荷物がストンと落ちて楽になった。
そんな時、久しぶりにソバリス先生から電話があった。私の諸々の事情を同情を持って聞いてくださった。
まるで死んでしまうかと思うような日々だったと話すと、「今はどう」と聞き返す。
「何だかやっと生きているような気がする」
と答えた途端、ドカン!と雷のようにあの「生と死」が私の頭めがけて落ちてきた。
いろいろな思いが私の頭をかけめぐっていく。あの本はもしかしたら大きな苦しみ、悲しみ、様々な経験、そして人の業(カルマ)のことなどが書いてあったのではないのか。もし私があの本を読んでいたら私の人生はどう変わっていたのか。いや、もしかしたら師は私のすべてを見透かしていたのかもしれない。バラバラにまかれたパズルを見下ろしているような気持ちになった。私は何だか分からないこのパズルを必死に組み合わせようとしている。知らず知らずのうちに泣けてきてしまった。
ひとつの星がひとつぶの塩だとしたら大部屋にあふれる程の星が宇宙にある、と聞いたことがある。この大宇宙に広がるいくつもいくつもの星々のように、人間たちは生を受け業を積み重ね、輪廻を繰り返す。無限に続く宇宙を作り上げた神。神の無限の愛に包まれながら、この星に存在する私たち。その大きな真実を感謝できるように生きていかなくてはならない
―― ある日突然聖者と面会できた経験からこのことを知り、それを毎日自分に言い聞かせている。
ちなみに「生と死」はその後、離婚した夫が持っていったきりまだ私の手元に戻ってきていない。
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