Essays by Akemi Iwase



「こんなところに日本人が!」
祖国を離れて生きた
異国の日系人の人たちへのオマージュ。

by 岩瀬明美

 今思えば、ずいぶんむちゃなことをしたものです。三十二年前、ロックンロールかぶれの不良娘だった私は、アメリカに行けば世界が注目するミュージシャンになれると思いこんでいたのです。恥ずかしい話です。若かったんでしょうね。私の野望と夢は、アメリカに来て数ヶ月もしないうちに現実の厳しさの前にもろくも崩れ去り、それからはローラーコースターのような人生でした。「どうやって今までやって来られたのですか?」と聞かれることがありますが、自分でも不思議です。かなり図々しい根性を持っていたのか、物事に鈍感で人が不運と思うことにもピンとこないような性格だったのが幸いしたのか、ただラッキーだったのか・・・。

 私の住んでいるコロラド州は大陸のど真ん中に位置し、気候の変化はダイナミックです。壮大なロッキー山脈の中にある私の家の周りは、頑固に根をつけた雑草がぼうぼう茂り、冬は雪に埋もれます。そして雪解けの頃にそんな荒地に小さな花のつぼみを見つけて嬉しくなります。いったいどんな花が咲くのかと心待ちにしていると、突然情け容赦ない嵐になったり、五月半ばだというのに大雪になったりするのです。「せっかくきれいな花が咲くと思ったのに」と、がっかりして見渡せばつぼみも「しなっ」と元気をなくして倒れそうです。ところが天気が良くなると、死んでしまったように見えた花々が、ピーンと咲き誇っているではありませんか。こんなことを何度
も繰り返し、今年はダメだろうと思うような厳しい自然の中からまた芽を出すのです。強い生命力に感激し「あんたたち、良くがんばるるね」と言いたくなってしまいます。

 何年か前主人とニューメキシコ州タオスに向かう途中、辺境にポツンとひとつの小さな町を見つけました。ラハラという名の町です。あっという間に通り過ぎてしまったのですが、突然どういうわけかなんとも言えない虚しく悲しい気持ちになりました。どうしようもない気持ちに耐え切れず思わず主人に、「こんなへんぴな所に住まなければならなかったらどんなに寂しいでしょうね」と言ってしまった程です。それから数ヶ月後、昔ラハラ周辺に何千人もの日本人が住んでいたと知人に聞いたとき、私は大変驚きました。

  ハワイ、カリフォルニア、南米などに移民した日本人のことは知っていましたが、このように人里離れたところにも日本人が住んでいたということは想像できませんでした。その昔、故郷から遠く離れて、まったく知らない土地、しかも4200メートル級の壮大なロッキー山脈のふもとの荒野にポツンと住むことになった日本人一世たちは、一体どんな気持ちで生きてきたのでしょうか。

  金が生る木があると聞いてきたのかもしれません。現実の厳しさに直面したその一世たちのことを思うと胸が苦しくなります。コロラドの中でも一番寒いと言われるこのサンルイス・バレー。ここで目を開けていられないほどの砂塵と戦いながら一生懸命努力して働き、乾ききった土地を緑豊かな農場にした、その矢先にアメリカと自分たちの祖国が戦争になり、納得できない矛盾だらけの人種差別に遭う破目に陥った時の恐怖や悲しみを聞きました。そのとき私が初めてラハラの町を通ったときの不思議な気持ちが蘇り、涙がとめどなくあふれて来てしまいました。帰るに帰れない日本、自分の懐かしい人たちのいる故郷のことを考えどんな気持ちでいたのでしょうか。

 「No me Olvides, Mi Amor ~ 忘れないでミアモール」という私の作った曲があります。コロラドの辺境で、誰にも知られることなくひたすら生きてきた日系アメリカ人の生き様を見たとき、私は彼らの胸のうちを感じ、それを歌にせずに入られませんでした。心の内に自分のもろさや寂しさを抱え、陸から遠くなってしまった自分が大波にさらわれてしまうのではないかと思う不安と背中合わせに生きてきたであろう日本人移民たちの生き様に、そして彼らの魂の叫びに、この歌を敬意を持って捧げたいと思います。



 

 

 

 

 









岩瀬明美から皆さんへ

エッセー1 「こんなところに日本人が!」

エッセー2 浦島太郎とかぐや姫のおとぎ話

エッセー3 ある日聖者に会った

エッセー 4 「Don't Cry Mogami」


エッセー5 「時は風と流れていく」

 


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